クリエイティブセンター大阪(名村造船跡地) - メディア情報

2006.07.01

『廃墟から、次世代アートの「実験劇場」へ』服飾手帖/2006年7月1日 夏号

NAMURA
クリエイティ
から、次世代アートのへ。
ART MEETING 20042034
01
服飾手帖 2006年7月1日発売 (夏号)
30カ年計画という、前代未聞のアートプロジェクトが、2004年から
大阪市住之江区の工場を舞台に進行中だ。 30年とは借地期間の
基本単位であると同時に、親子の年齢差にほぼ相当する世代の単位で
もある。いわば、次世代を見据えてアートの可能性を検索しようとす
このプロジェクトは、今日本でもっとも先端的な実験アートなのだ。
写真右から、4階建てのビルをコンパ
ージョンして作られたギャラリー。
のイベント時には、名村造船所の
歴史を知るための資
された
土地株式会社)。 ホワイエで
アーティストユニット"ral プロデ
ュースによるカフェスペースを
ティーが行われた。 対岸の中山製鋼
実行委員によるミーティング「NAMURA
ART MEETING vol.001 そして30年の
実とは」。右から実行委員会代表 小原
実行委員、木ノ下智恵子、
2階の工房スペース。
八久保敬弘 写真
NAMURA ART VEETINGR
大阪の住之江 かつて重厚長大産業が日本の経済成長を牽引した時
代に、表舞台に立った臨海工業地帯がある。 その一角、 木津川べりに
あったのが名村造船所大阪工場。 4万2千平方メートルにも及ぶ敷地内
には、200m級のドッグ、船台を各2基をもつなど、70年代までは西
日本有数の造船所として稼働していた。 しかし、 その後さらに大型化
する船舶業界の需要に応えるため、同造船所は佐賀県に移転する。 89年
には完全退し、同社は土地を所有者である千島土地に返還。 その後は、
施設の一部をスタジオとして利用する以外は、ほとんど再利用、 再開
発の計画が決まらないまま、15年の歳月が過ぎていた。 そして、この
空間をアートの実験劇場にしようと考えたのが、アート・プロデューサー
として八面六臂の活躍をする小原啓だった。
真正面に、巨大な製鋼所が威容を見せている。それは、「ブラック・
レイン」 (リドリー・スコット監督作品、1989年) のロケ地にもなった
ところ。その一部には、寿命を終えを待つばかりの高炉もある。
重工業生産設備がかつて形成した、ある意味で非現実的な風景その
廃虚の異様な空間に、小原は大きな可能性を感じ取った。
すぐに小原は、 芝川氏にここをアートスペースとして活用する企画
を提案。 関心を示した芝川氏は、なんと30年間無償で提供することを
約したという。 2004年初めのことだった。 その後小原は、関西の
アートシーンで旬な活動をしている3名に声をかけ実行委員会を結成、
こうして動き始めたNAMURA ART MEETINGは、壮大なアートプロ
ジェクトとして同年9月に第一回のイベントを開催した。 昨年は、
きっかけは、ある著名人のパーティで千島土地の芝川能一専務の新らを招いて 「臨界から臨海へ」 と題するシン
代表取締役) と出会い、同氏が名村造船所にもっていたプライベ
ートバーに招待してくれたことだった。 後日、住之江の現地へ向かった
小原は、敷地内に一歩足を踏み入れた瞬間、圧倒的な空間の迫力に
奮を覚える。さらに招かれたバーのテラスからは、 木津川を挟んだ
ポジウムを実施。 さらに、 常時アートに関心のある人間が集まれるよ
うに、ビルをコンバージョンして多目的ホール、カフェ、 ギャラリー、
宿泊施設などを整備、昨秋から稼働を始めた。 NAMURAは今、日本で
もっとも注目すべきアートスペースになりつつある。
black chamber]
口より徒歩10分
www.namurs.coblackchanber
NAMURA
アートが街を活性化し、 創造性が国を救う。
NAMURA ART MEETINGの仕掛人、小原啓さんに聞く。
小原こはら けいと
1960年兵庫県生まれ 1983年より
技術者として舞台に関わる。91年舞台
会社リッジクリエイティブ
アートコンプレックス
上げ、プロデューサーに就任。同劇場の
こけら落とし公演は、今や人気の
カンパニー、コンドルズ。 2004年
NAMURA ART MEETINGの実行委員会
代表 ホール back chamber.アー
ティスト・イン・レジデンス AIR
フリーペーパーP_A.N.PRESSの発行など、
幅広く活躍。
クリエーター
50人が語る
小原さんが自ら編集
するP.A.NPRESSで
過去10年間のインタビュー
をまとめた「クリエイター
50点」。
「創る」とは何か 2005年
と化した造船所跡地を、一大アートプロジェクトのホットスポ 宿泊施設の運営もその一貫です。
ットに変貌させた仕掛人が、小原啓さん。 NAMURA ART MEETINGは、 &F その「コンプレックスしていく」というテーマは、どこから出て
年一回開催の連続イベントだが、恒常的に人が集う場所になるよう。 来たものなのでしょう?
これまで多目的ホール、水上ステージ、 ギャラリー、工房スペース、
宿泊施設などが、敷地内に残された廃ビル等を利用して整備された。
これも小原さんのアイデア。 そのクリエイティブで斬新なアイデアの
源泉を探ろうと、 大阪に新しく設けられた氏の拠点を訪ねた。
KK 実は僕、 昔から歌舞伎フリークなんです。 それが高じて、鳥屋ロ
とやぐち/花道の突き当たり、 幕の中にある、役者たちの拵え
溜まり場。 早変わりをしたり、衣装や化粧を直したりする) を仕切る
仕事もしています。 これは、役者さんと直に話をしますから、歌舞伎
や狂言を熟知していないとできない、独特のノウハウとスキルを必要
とする仕事です。 それはさておき、歌舞伎と長年つきあってきて常々
考えるのは、それが世界に誇れる複合芸術だということです。
歌もあれば、「ケレン」 というアクロバティックな、 「ぶっ返り」
と呼ばれるマジック的な仕掛けなど、 その名の通り、歌と舞 (舞踊)
とわざ、芝居の融合なんです。 お話もお笑い的要素もあれば、
シリアスなものもある。そういったあらゆる要素が歌舞伎にはぎゅっ
と詰まっているんです。 僕が考える 「コンプレックス」 というのは、
(以下&F) アートプロデューサーとして多彩な活動をされ
ていますが、そのキャリアのスタートは何だったのでしょうか?
小原 (以下KK) 最初は舞台照明でした。 それから舞台監督をやるよ
うになり、さらに公演のコーディネーター、プロデューサーというふ
うに活動を拡げてきました。 この業界、足掛け25年くらいになります
が、ひとつの転機として、現在京都で運営している 「アートコンプレッ
クス1928」があります。これは、1928年に大阪毎日新聞京都支局ビルと
して建てられた建物 (設計は京都大学における建築学科創設者として ここが原点なんです。
も知られる建築家、武田五一) を、友人の
若林広幸氏が買い 8F それでは、もっと突き詰めて、そういう舞台やアート、音楽に対
関心は、どこからきているのでしょうか?
取ることになり、その相談を受けて私が企画・運営・管理を始めた劇 する
場です。ただ、劇場というと演劇関係だけをもっぱら扱っているよう
に思われがちですが、 施設名をみても分かるように、 僕のテーマは、
常に「コンプレックスしていく」こと。 実際、 僕がプロデュースする
カンパニーも、演劇なのかダンスなのか、現代美術なのか音楽なのか
よく分からないというものばかりです。 それは、名村造船所跡地で今
進めているプロジェクト (black chamber等) でも同じことがいえま
す。 つまり、アートに関わるすべての活動をプロデュースする。 アー
ティスト・イン・レジデンス (主にアーティストのための長期滞在型
KK 「創造」 に対する探究心でしょうか?以前はクリエイテ
ィビティというと、芸術家やクリエイターの特権のように思われてい
ましたが、要は創意工夫。 それは、今や企業にも求められています。
製造業でもサービス業でも、また企業家もサラリーマンもクリエイ
ティビティのある人間の力が、 企業の能力に直結する時代になりつつ
あります。 つまり、アート的感覚をもたない人間は会社に貢献できな
いし、もっといえば社会にも貢献できない。 それが国力にまでつなが
っていく時代だと思います。 ところが、 企業人は、そういう視点で
評価されることが少ない。 一方、 芸術家やクリエイターは、性
いう評価に対して、常に厳しい状況で自分に向き合っています。 実は、
10年前から 「PAN PRESS」 というパフォーミングアーツのフリー
ペーパーを編集していて、その中の連載でも、第一線で活躍中のクリ
エイターに 「創るとは何か」を問いかけてきました。そういう意味で、
アートはもっと注目されるべきだし、普通の人の生活の中に、 もっと
アート的な感覚が入ってゆくべきだと思います。 また、僕の仕事とは、
社会がそういう方向へ向かうためのものです
8F 単にイベントや舞台をプロデュースするのはでなく、社会をプロ
デュースするという感覚でしょうか?
KK そうですね。 これは実際にソーシャル・プロデュースという考え
方があって、僕がめざしているテーマの一つでもあります。 つまり、
アートの仕組みを使って、 社会をプロデュースする、たとえばアートで
を活性化させるという試みです。 一つ例を挙げますと、アートコン
ちょっと大袈裟ですが以前
プレックス1928のある京都三条御幸町は、
は人っ子一人歩かない街でした。 それが、僕たちが劇場を運営するよ
うになってから5年間で、約130店舗入ってきました。 また、あかりプ
ロジェクトというのがあって、三条通にある歴史建築(アートコンプ
レックス1928も近代建築の分野で文化財に指定されている)、その他
のビルをライトアップしたり、壁面やシャッターをスクリーンに見立
てて映像を上映するというイベントを開催しました。 昨年はそれを
50カ所で実施したのですが、 三日間の会期中になんと16万人の人出が
ありました。 NAMURAのプロジェクトも、その根底には、北加賀屋
という工場廃虚のある街を、 活性化させようという目論見があるので
す。 この分野で今、大いに危惧しているのが、梅田北ヤードの展開で
すね。 大阪を活性化させられる最後のチャンスなのですから。

2006.02.07

『水上ステージ誕生』大阪日日新聞/2006年2月7日

水上ステージ誕生
造船所 次世代芸術創造へ
跡地活用
住之江が浮かび、次世代の芸術けの施設など
名村クリエイ
ティブセンター
名テ
・住之江区
昨年十月にオープンしたている。
区北加賀スタイル創造に向けてシ劇場にはないさまざまな
船所を活用し、ステムづくりが進められ そろえている。
アートの世界もっと
同センターは約百五十 一般の人に広げようと、
大阪や京都を中心に動か
人の客席を仮設できる
しながら三十年かけて一
大芸術エリアにつくり変
えようという壮大な計画
だ。
芸術活動のための複合
オープンと同時に演劇
「名村クリエイティブ
さ
センター」で新たに水上
まざまなイベントに使用
ンホール「ブラックチするアートコンプレック
ステージが誕生した。か ェンバー」をはじめ、バス(小社長)がされ、そのロケーション
つて大型船が製造されてカウンターからギャラ 約四万二千平方の
いたドックに可動式の床 リースペース、 利用者 所
良さからテレビのドラ
景観
やCMの撮影場所とし
ても使われている。
トで包んだ素材を使い、
新たに設置された水上 十五 の広さ。
ステージは高の発二十四枚によって作
スチロールをコンクリーられているので形は自由
組み替えられる。
センターの
レクター、椎名晃嗣さ
名村クリエイティブセンターに新設された水上ステージ
は「水上ステージ:
関西でも珍しい設備」
話し、どのようなスタ
ルを提供できるか
続けている。ドックは
津川から大阪に続い
おり、各地からで
入れ、船上からステー
燃することも可能。
ドックの周りに席を
して" "
くるなど可能性は広が
タている。
デビュー日
し、「文化という船を
こから世界に発信してい
ければ」と椎名さんは
負を語っている。
問い合わせは電話00
(ON) O
ブラックチェンバーへ。
1989年のドックとして

2006.01.01

『今覗いておきたい劇場はハコも公演も面白い』Lmagazine/2006年1月号

ART
今覗いておきたい劇場は
ハコも公演も面白い。
backchamber
black chamber
'89 MAベート。 今
だっ
どんな劇場
「アトリエ
ウ
ようという
ある使ってもらって、ここ
いい
いくお応
「したい」と
作(本来の座
06
THEATER
に向けたショップlack chamber
プロデュ
Rick chamber,
使ってもらってもいい
ベントでも
いつ
してもいいし、テ
ディレクター
ジュース
119
足を向け
くことがなくなった!そん
アトリエ
それにもショップ
スターコンプレックス
ジュース「ジュース」
A
行
でこんなもって思ってほしいん
イベントケース
1000/DOPV
ネットのピ
上いる
コント「ネッ
ト

2005.12.07

『巨大造船所跡を芸術発信の場に』朝日新聞/2005年12月7日

2005年(平成17年) 12月7日
水曜日
44593 号
(日刊)
朝日新聞
<C) 朝日新聞社 2005年
発行所 大阪市北区中之島3丁目
2番4号 〒530-8211
朝日新聞大阪本社
06-6231-0131
住之江の不動産会社 土地を30年無償提供
巨大造船所跡态
芸術発信の場に
ドック跡につくられた水
上ステージ。 上の建物の
中に多目的ホールもでき
住之江区北加賀屋
丁目で
跡の水面に浮かぶ、16
0のステージを設
けた。ショーを両から
鑑賞でき、来春本格的に
稼働する。
同造船所は甲子園球
より一回り広い4万2
千平方名村造船所
(本社・西区)の主力工
として、長さ200㎡
ほどの大型船台と大型ド
ックが2基ずつあった
が、70年代に造船門
佐賀県の新造船所へ移
ドック部門も8年に
土地を提供する」と約束
近所に芸術
を生み出すプロジェクト
が始まった。
その年の9月、哲学者
で芸術評論家の浅田さ
んらによるシンポジウ
ムや野外パーティーなど
のイベントが3日間に
わたって開催され、延べ
約千人が集まった。臨海
部の工場地帯にあるた
め、音量や夜間照明は白
由に使え、木津川の対岸
に並ぶ製鋼所の景観が独
特の雰囲気を醸し出し
だ。
「ナムラ・アート・
ーティング」と名付けた
このイベントは、今年も
9月に建築家の磯崎新さ
んらが出演して開かれ
た。今後も毎年開く。
「今のアーティストた
水上ステージも完成格段 完全撤退し、土地は元は、既存の島やホー
の不動産会社 千島土地 ルでは満足しなくなって
なに返された。
いる。表現方法に合わせ
かつて4万の大型津川べりにあった名村造完成。事務所や
船を造っていた広大な造船所大阪工場跡地。このどがあった4階建てビル 土地は長く利用のま
船所跡地や施設 秋、廃ビルの中に多目的の1階と2階を吹き抜け まだった。同社の芝川能
のまま使って演劇や美 ホールが誕生し、ドックにした。 客席は可動式。一社長()が昨年8月、
術など様々な芸術を表現跡には水上ステージも完ギャラリーや楽屋、工房
する空間づくりが進めら成した。
て自由に変えられるよう
な施設を望んでいる」と
これまでにジ
小原さん。
京都で劇場プロデューサャズのライブや映像ショ
をしている小さなどが聞かれ、小劇団
ん(4)に「 無償での公演など貸しホールと
スペースも併設してい
れている。住之江区の木 多目的ホールは10月にる。日月中旬にはドッグ
して予約が相次いでい
。海外からも、多様な
イベントを同時に開催す
芸術祭の会場に使えな
いかという問い合わせも考案中」と打ち明ける。
来ているという。
芝川さんは「脳な
ので、中之島など都心と
ポートで直接結ぶ構想も

2005.06.05

『ベンチャー新世紀「創造産業 発信拠点作り」』読売新聞/2005年6月5日

讀賣新聞 2005年(平成17年) 6月5日日曜日 (1) 創造産業 発信拠点作り 演劇や映像表現などに携わる芸術家が「食べていける」仕組 みを作ろうと、京都で挑戦を続けてきた有名プロデューサーが、 大阪に進出した。「創造産業」の育成で関西を再生する仕掛け 作りを本格的に展開するためだ。 (三宅隆政) JR福島駅(大阪市福島 が集まるニューヨークのブ 区) 近くの商店街に4月、 ロードウェーをヒントにし 劇場プロデューサーの小原 た。「音楽CDのように複 啓渡さん(4)が事務所を開 製品でもうけにくい舞台芸 いた。看板はないが、演劇 術が市場システムに乗る道 や放送、建築などの関係者 を切り開いた」(サントリ が口コミで集まり、早くも 次世代研究所の佐藤友美 公演やイベントの企画が動 子部長)として、関係者か 出している。 ら高い評価を受けた。04年 の第2弾でも8%を配当 し、第3弾を準備中だ。 小原さんが大阪で活動を 始めたきっかけは、不動産 会社・千島土地(大阪市) の芝川能一専務との出会い だった。同社が所有する名 村造船所跡地(同市住之江 区、約4万2000平方㎡) が遊休地となっているの 知り、「芸術拠点作りのた めに貸してほしい」と掛け 合った。 その結果、年1回のイベ ントを無償で30年続けられ 異例の約束となった。 年9月の第1弾「ナムラ アート・ミーティング」は、 シンポジウム、映像、舞踊 に大阪湾クルージングなど を組み合わせたユニークな 試みで、普段は人気のない 夜の工場街が、大勢の若者 でにぎわった。 「創造力を刺激する風景 でしょう」。造船所跡地か ら見える対岸の中山製鋼所 の工場を指して、小原さん は笑う。夜になると鉄を溶 かす炉から火花が漏れ、幻 想的だ。俳優・松田優作の 遺作となった米映画「ブラ ック・レイン」のロケにも 使われた。 新世紀 小原さんを有名にしたの は、プロデューサーを務め る小劇場「アートコンプレ ックス1928」 (京都市 中京区)で、2003年秋 に実施したパフォーマンス 集団「キュピキュピ」の公 演だ。公演費用の一部をエ ンゼル証券 (大阪市)と提 携して証券化し、1口2万 円の出資を100口募っ た。狙いは見事に当たって 20日間のロングランとな り、12%の配当を出した。 大企業のスポンサーに頼 らず、愛好家に出資しても らう仕組みは、大小の劇場 劇場プロデューサー 大阪に 夢はラスベガス 造船所跡地を 表現空間に 今秋の第2弾のイベント に向け、船の実物大の設計 図を描いていた製図棟を改 一方で、オリックスなど 装し、様々な公演に使える が進める大阪・中之島地区 空間を開設する。すり鉢形 マンシ の再開発にも参加。 の舞台と客席の境目をなくョン開発のビープラネッツ すなど、従来の劇場の枠を(大阪市)が新設する劇場 超えた場所にする。 の企画を練る。「名村跡 地と、 中之島の芸術ゾー ンを堂島川でつなげられた ら」(小原さん)と夢は膨 らむ。 造船所の跡地で芸術拠点作りの構想を練る小原さん (右)。対岸は中山製鋼所 (大阪市住之江区) 小原さんが描く一つの理 想像は、関西を米ラスベガ スのようにすることだ。 賭 博都市という印象が強い が、近年は一流の舞台公演 が見られる劇場都市とし 世界中から大勢の観光 客が訪れる。 劇場、音楽、映画などの 「創造産業」が、将来は工 業に代わって経済をけん引 する。そう提唱する大阪市 立大大学院創造都市研究科 の佐々木雅幸教授は「小原 クリエータ さんのように、 が活躍する〝場〟を作る プロデューサーを何人育て 芸術文化で都 られるかが、 市を再生するカギとなる」 と指摘している。

2004.10.01

『名村造船所跡地30年の実験』美術手帖/2004年10月

vol.00 「臨界の芸術論」
|会場=名村造船所跡地 (大阪
市住之江区北加賀屋4-1-55)
日時 9月24日17時~26日
|問合せ=090-8467-1406
のドラフティング・ルー
info@namura-art.com
www.namura-art.com
075-254-6520
△跡地:
前ページ造船所対岸から
製鋼所プラントを望む
Photo Shiro Takatani
t
NAMURA ART MEETING '04-'34
名村造船所跡地30年の実験
果をすぐに求められる企業ではありえ
ない方法だ。 アートが本来持っている
無目的性に着眼したプログラムだとも
いえる。
現地を訪れると、衝撃的風景が目に
飛び込んでくる。造船所跡地の木津川
対岸に製鋼所のプラントが不気味に並
ぶさまは、まるでスタジオジブリのア
ニメ『天空の城ラピュタ」の実写版風景
とでもいえようか。造船所の大方の施
設は解体されているが、ドラフティン
グルームという巨大な船の設計図を
原寸大で図面に起こす部屋の床には、
製図の跡が今も残る。 ここで真夜中の
ミーティングが催される。 また、別棟の
リニューアルされた大きなスタジオで
は、シンポジウムが開催される。
加藤義夫=文
今秋、大阪市内の造船所跡地で
「NAMURA ART MEETING '04-'34」
という30年間にわたるプロジェクトが
始動するという。 100年、一世紀と
いうと嘘っぽいが、50年もまた信憑性
に欠ける。 30年というのは、私たちに
とってイメージできる時間でありリア
リティーを持つ。このプロジェクトは、
大阪市住之江区北加賀屋にある名村
造船所跡地(私有地)をアートの実験場
として展開させていくものだ。造船所
は1989年の閉鎖以来、一般の入場
が閉ざされている広大な土地で、 本年
この地を訪れたプロデューサー小原啓
渡がその風景に触発され、ユーデーコ
ンサルタンツの西田氏と議論の上、瀬
博美氏個人に資金協力を依頼して、
この企画を立ち上げたようだ。
公立の美術館や博物館が破綻しかけ
ている昨今、民間の高等遊民たちが仕
シンポジウムのゲストには、批評家
の浅田彰や美術家で美術評論家の岡崎
乾二郎、 建築批評家の五十嵐太郎、 美
術家の椿昇、建築史家の橋爪紳也など
の論客に加え、 graf代表の服部滋樹や
NPO法人 remo と recipの甲斐賢治、
TVプロデューサーの小関道幸、 京都
造形芸術大学教授の小林昌廣、そして、
劇団・維新派の主宰、松本雄吉など多
彩なメンバーがそろい踏みする。 テー
マは「臨界芸術論」 や 「文化芸術は経済
の起爆剤となり得るか」「知的産業者
達の密かな企み」「身体・都市・アート」
などといった興味深い内容だ。
この他、「ナムラナイト」として真夜
中のミーティング、36時間上映プログ
ラム、船でのクルージング、そしてクラ
掛けるアートイベントに期待は膨ら
む。さらに造船所跡地提供者の千島土
地の大らかさにも驚かされる。日本が
沈没寸前でも遊び心と儲け心のバラン
スをとって大阪湾の地盤沈下をくいと
めたいという心意気なのだ。「ほんま
かいなぁー」と突っ込みたくなるほど
のいいお話。 実行委員は関西のキーパ
ーソンたち、高谷史郎 (ダムタイプ/映
像作家)、松尾恵(ヴォイスギャラリー)、
木ノ下智恵子(神戸アートビレッジセン
ター)、プロジェクト代表に小原啓渡
(アートコンプレックス1928)という
最強メンバーで構成されている。
しかし、この30年間のプロジェクト、
何をどうしようというプランは、明確
にはないらしい。 とりあえず、みんな
で集まってシンポジウムやフォーラム
をしながら考えようという気楽な雰囲
気は、単年度予算に縛られる行政や結
ブパーティーなどエンターテインメン
トも用意されているところが心憎い。
DUETOWA TW-Shiomiya
を迎え、音響・映像ユニットのsoftpad
の南琢也を起用。 コラボレーション・
ライブには、REI HARAKAMI
音楽で高谷史郎が映像で共演し、 バ
フォーマンスはNADJAといったゴ
ジャス・ナイトになるもよう。 屋外
にはgrafプロデュースのカフェ&バー
もオープンする。
9月24日夕刻5時から26日朝5時ま
で、廃墟の中の3時間で何が起こるか、
何が変わるかは、現場を訪れて確かめ
てみるしかない。
○かとう・よしお
[インディペンデント・キュレーター]
120

2004.09.16

『アートを通じ豊かな未来を』大阪日日新聞/2004年9月16日

2004年(平成16年)9月16日
木曜日
第19230号 (日刊
NAMURA ART MEETING04-34
大阪口日新聞
ア豊
豊かな未来を!!!
アートを通じ
プロジェクト終了は30年後
[住之江区
「感動が薄らぐ社会に待ったをかけよう」 と、二〇三四年まで続く異例のロ
ングプロジェクトが二十四日、住之江区北加賀屋地区で幕開けする。 アート
を通じて豊かな未来を目指しており、関係者は「今やるしかない」と気勢を上げる。
NAMURA
小原啓渡さん
「NAMURA ART MEETINGC-3」のポスターを手に、
来場を呼び掛ける小原さん
うとともに「将来に向け
新たな価値を見いだ
場になってほしい、
環境や異常犯罪の
増加など、地球の未来に
を抱き、今の社会
価値 点(別
の状態に変化する境目)」
と位置付ける。 「アート
イベントは「NAMU によるから心が豊か
RA ART MEET になれば」という願いも
INCHI3」で、仕掛ある。
人は京都を中心に活動 イベントの第一弾は二
するアートプロデューサ 十六日まで通して聞かれ
小原さん。 る「臨界の芸術論」。芸
同地区の名村造船所
新〟ともい
地が会場で、今後の利用 われるメンバーが今後の
めどが立たないことを方向などを話し合うシ
由に土地所有者から三十ンポジウムや、 クラブイ
年間の使用許可を得た。 ベントといったさまざま
資金面などすべて民間の 芸術を融合させた三十
協力で実行する 六時間のプログラムが予
定されている。
敷地は四二と広大
で、もともとあったライ 「とにかく足を運んで
ブスタジオや、かつて
受け入れら
もらいたい。
大船の図面が描か れるところから変えてい
ていた「ドラフティング きましょう」と来場を
ルーム」などが舞台にな呼び掛ける小さん。 今
大阪がめる立地 後は「北加賀屋」にも注
格好で景色もおもし目が集まりそうだ。
ろいし、いい条件がそろ 問い合わせは電話07
っている」。
„ONGA (AGN) G
単に芸術だけでアートコンプレックス1
ないのが特徴。テーマは928へ。
「感動」と「創造力」で、
三十年の芸術の変遷を追
(山口起儀記者)

2004.09.07

『大阪で“アートマラソン” 期間は30年間』神戸新聞/2004年9月7日

2004年9月7日 神戸新聞 (文化面)
神戸新聞
大阪で“アートマラソン 神
期間は30年間
開幕シンポ3時間
大阪の造船所を舞台に三十年間にわたって展開されるアートプロジェク
が、今月二十四日から始まる。 管理する企業の協力や個人の資金提供な
ど、民間のバックアップで実現した。 前例のない超長期の 「芸術実験」の第一弾
は、延々三十六時間に及ぶ連続シンポジウムだ。
(三上美男)
ューサー・松尾さん、参加者と意見を交わしな
神戸アートビレッジセンから内容を検討すること
ターの木ノ下智恵子さんになるという。
「NAMUKA AR
T MEETING
別」 大阪市住之江区北
加賀屋の名村造船所跡地
(約四二)の敷地や
たちでつくる実行委員
美術や映像 ダンス、
音楽など 「アート」 を
ーワードに多彩な活動
展開するという
活用する。
造船所の跡地借り受け
その第一弾が、二十四
日午後五時から二十六日
今回は個別のイベント
ごとに千五百三千五百
円の参加費が必要。 会場
は、地下鉄四つ橋線の北
加賀屋駅から徒歩約十
075-254.65
分。問い合わせは実行委
午前五時まで三十六時間 20
した。
ドックなどの
最大の特徴は、二〇三
四年まで三十年間という
期間の長さ。 同跡地を管
する不動産会社が計
を知り、「利用のめ
どが立たないので、い
っそ三十年ほど使った
「ら」と破格の提案。 東京
の会社経営者が資金提供
を申し出て一気に具体化
企画と運営を担うのは
アートプロデューサーの
小原啓さんや舞台芸術
集団「ダムタイプ」の高
谷史郎さん、美術プロデ
ぶっ続けで行われる「臨
界の論」シンポジ
ウムにミーティング、 映
上映などを組み合わせ
イベントだ。
小さん実行委員の
京大助教授の浅田
彩さん、美術家・批評家
岡崎二郎さん、建築
評論家の五十嵐太郎さ
ん、現代美術家の椿昇さ
芸術文化の ち
が議論をかわす。 音楽プ
ロデューサーやプロのD
Jによるクラブパーティ
も開催する。
農耕社会経
業社会となり、産業
化が行き詰まった現代は
いわば時代の臨界点。 ア
ートが次の時代を開く
になるのかどうか、可能
見極めたい」と小
さん。今後の取り組みは、
大阪の所
ここで30年にわたる
「芸術」が始まる
大阪市住之江区
http://www.kobe-np.co.jp/

2004.09.01

『巨大ミラーボールをクレーン車で吊り上げ!?』L magazine/2004年10月号

巨大ミラーボールをクレーン車で吊り下げ!?
造船所跡地で36時間連続シンポジウム!?
この秋始動のビッグプロジェクトでも、
輝けるシンボルはやっぱり・・・。
ような企画が思いもよらなかった場所で立ち上がる。
アートプロジェクト、その行 方を占うプレイベントでも、ミラボーが足下を照らします。
白身、劇場経営と平行して
だが、それに加えて、小さ
地環境を考えればもちろん、
光のオブジェに特化した
原さんの頭にあったのは「映
時、プロジェクト代表者・小
を仕事にしてきたからこ
夜のビエンナーレ」だった。土
して提供されることになった
好意で「芸術主体の実験場」と
そもそもここが、所有者の
する夜型の人物...。
くる。さらに、プロジェクトを
がいつか見たSF映画めいて
ルエット。日が沈めば、これ
岸に浮かび上がる鉄鋼所のシ
に残されたかつての面影、対
まるで遠い。 広大な敷地面積
は、世間一般の大阪からは
造船所からむ景色
ろ、10年以上も前に放棄され
造船所通りと呼ばれたとこ
ーション。 木津川沿いの、かつ
だ。何よりもこのロケ
よりも断然、夜なの
そのアイデアでもあった。
が話し合う姿を早く見たい。
への見取り図を多彩な知性
パン」と関係者が口を揃える
光の下、この遠くて近い未来
30年という時間。 ミラボーの
まで考えたこともなかったス
なるのか想像もつかない。「今
れてって、一体どんなノリに
ー がクレーン車で吊り下げら
さらにシンボルとなるミラボ
けど、会場が造船所で、
上がりして知るべしだ
とを思えば、真夜中討論の
ビエンナーレ」の線は通
えば「朝まで生テレビ」のこ
音のように生きている。たと
ボルはミラーボールと、「夜の
でもメインは夜。 そしてシン
となった。それでも、あくま
今後の展開もそこで占うこと
心に会場をさらに
ザーと話し合いを重ねた結
まずはシンポジウムを中
選りすぐりのスーパーバイ
まだ手つかずの空間があちこちに、今後も楽しみ
NAMURA ART MEETING '04-'34
vol.00 「臨界の芸術論」
9月24日(金)~26日(日) 名所
16.500 (3anksft) 24B-
フォーラム+ミーティング100 drink
/25 シンポジウム 各1,000 クラブ
-3.500 (1drinkt) 090-8467-1406
9月24日(金)
amart.com
photo Shiro Takatan
4,30PM
門
500PM
ミラーボールライトアップ
リビングルーム
7:00PM
フォーラム 「NAMURA ART MEETINGとは?」
アート、
ド
アートビレッジセンターのスーパーバイ
を提示する。
9:00PM
真夜中ミーティング
による
ICAS (A-1-7-1
レンタル
のミラボーは直
1m80cmとかなり
大。
様
9月25日(土)
1:00PM シンポジウム
動させたりも!!
1:00PM
クルージング
1,000円
広がる
7:00PM
シンポジウム
一出演は五十
10:00PM
クラブパーティ 「NAMURANITE」
-DAC TOWA TE, DJ Snys,
クイーン)のパフ
500AM
JA [ドラァ

2004.08.05

『造船所跡地 芸術村計画』読売新聞/2004年8月5日

讀賣新聞
第18520号
2004年(平成16年) 8月5日 木曜日
大阪市内に残る約四万二
千平方の造船所跡地を芸
術創造の場に再生しよう
と、演劇関係者らと土地を
所有する不動産会社が、今
後三十年間、芸術活動に土
地と建物を利用する計画を
四日、発表した。不動産会
社が当面、無償提供する。
全国的に、空き倉庫や学校
造船所跡地
5.
(0636111)
www.yart.co.jp
芸術村計画
など休眠施設を芸術活動にの劇場プロデューサー小原
生かす動きが広がっている 啓さん(4)と、大阪市住
民有地でこれほど大が 之江区の不動産会社「千島
かな取り組みは珍しい。 土地」の芝川能一専務(55)
発表したのは、京都市内ら。
大阪 4万㎡無償提供
住之江区北加賀屋の木津
川左岸で、一九七九年に移
転した「名村造船所」の跡
地。 ドック、 事務所などが
ほぼ当時のまま残ってい
る。付近は騒音苦情の心配
がなく、建物を音楽スタジ
オに改装して貸し出したり
していた地主の千島土地
験の場に」と提案していた。
小原さんは仲間の美術、
映像プロデューサーらと実
今後の
行委員会を結成。 活
用方法などを話し合うため
九月二十四―二十六日に現
地でシンポジウムを開く。
芝川専務は「水辺の立地
を生かし、芸術で街おこし
に、小原さんが「芸術の実を」と期待している。

PAGE TOP