小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.09.21

貧困

「ひ」、「貧困」で。

田舎での子供時代は別にして、僕の「貧困時代」はインドから帰国してからの数年でしょうか。
出国前にすべての所持品を処分してしまっていたので、お金はもちろん住むところもない状態。

出国の時、蒲団を引きとってもらったバイト先のジャズ喫茶のママのアパートに、その蒲団を言い訳に転がり込んで、一部屋を貸してもらい、その代わりにお店で働いていました。

その後、昼間に瓦屋のバイトを始めて、少しお金を貯めて、敷金礼金なし月7千円、4畳のぼろアパートを見つけてやっと自立、「比叡荘」という木造2階建て、共同の炊事場とぼっちゃんトイレの崩れかけのアパートでした。

廊下をはさんで一階と2階に8部屋づつありましたが、入居しているのは2階に一人だけ。僕が二人目の入居者でした。

ここでの生活が約3年間、極貧でしたが、どう思いだそうとしても「貧困」であることを悲しいと思ったことも、みじめだと思ったこともないんです。

その前にインドで普通の人と同じレベルで生活していたためか、若かったためか、楽しい思い出しかない。

「比叡荘」という看板を勝手に「ビラ・比叡」という看板に作り変えて住所まで変えてしまったのも、虚栄心からではなく、お遊びでしたし、「ビラ・比叡」と変えたために友達が何人も引っ越してきて賑やかな合宿状態になったのも楽しい経験でした。

「貧乏自慢」をするつもりはないので、その頃の貧困状態をつらつら書くことはしませんが、「こんな生活、そうそう出来るもんじゃない」と逆に満喫していたことは事実です。

ずっと貧困だとは全く思っていなかったので(何の確証もなく・・)、今しかできないだろう経験をしっかりしておこうというような、妙な余裕がありました。

なんと、そんな状態の時に結婚もしましたし、その頃の同居人や友達とは今も親しく付き合っています。

「貧困」から抜け出す方法は、「貧困」を一時的なものだと信じて、楽しく明るく生きることなんじゃないかと僕は思うのですが・・・、甘いですかね?

小原啓渡

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