小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.05.28

形見

「か」、「形見」で。

僕の育ての親(血のつながりはない)が生前に僕に譲ってくれた「形見」が、なんと本物の「脇差」でした。
当時、刀は完全に錆びついていて、どう見ても価値のあるものには見えませんでした。

「銃刀法」により免許のない者が所持することができなかったのと、実の父親が刀のコレクターなので、今は父が保管していますが、この刀、とんでもない名刀だったんです。

僕の田舎は昔、刀に使われた鋼(はがね)の元になる砂鉄がよくとれた所で、(その製鉄法を「たたら」というのですが)、砂鉄から鉄を作る町として、国領地になっていたそうです。
(現在では「たたらの里」として、遺跡や資料館なども整備されています)

そんなこともあって、父が刀をコレクションし始めたのではないかと思いますが、そのコレクターの父も、当時はその錆びた脇差が価値のあるものとは気づいておらず、育ての親が亡くなってしばらくしてから、その追悼の意味も含めて「研ぎ」に出したところ、その錆びた刀がとんでもない名刀であることがわかったそうです。

それから、色々調べてその刀が四国の大名が所持していたものらしいということがわかり、僕の育ての親の素性が明らかになったのでした。

確かに出身は四国だというようなことは言っていたようですが、うちの田舎に水力発電所ができたときにその技術者として越してきて以来、この町に住みついた夫婦というくらいしか、周りの人は知らなかったらしい。

子供もいなくて、あまり社交的な人でもなかったので、まさか大名の末裔などとは誰も知らず、夫婦共々亡くなってしまってから、判明したことでした。

僕に残してくれたその「形見」は、今は手元に置いておくことができませんが、我が家の宝として、代々受け継いでいきたいと思っています。

小原啓渡

PAGE TOP