小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.05.09

「み」、「湖」で。

僕にとって「湖」と言えば、ネパールの「ペワ湖」です。

現在は観光化が進んで、かなり水質も悪くなったと聞きますが、僕がいた当時は美しかった。
ヒマラヤ山系の名峰「マチャプチャレ」の全景が湖面にくっきりと写り込み、穏やかな水面がまさに鏡のようでした。

ポカラでとても変わった日本人女性に出会い、ペワ湖でボートを借りました。

彼女を最初に見たのは、僕の行きつけだった掘立小屋のチャイ屋、
長い黒髪と顔つきから日本人かと思いましたが、連れの外人男性と話している英語がネイティブな感じだったので、外国に住む二世か何かだと思っていました。

たまたま、僕が長期で借りていた部屋の隣に彼女たちが入って来て、日本語で話しかけられてから、すぐに友達になりました。

ボートで、色々な話をしました。

彼女は18歳から日本を出て、世界を渡り歩き、もう10年近くになるとのことでした。
世界を巡る目的は、「世界一」を見ることらしく、ネパールに来たのは世界一高い山、エベレスト見るため。

マチャプチャレが映る水面をオールで波打たせながら聞く、彼女の旅のエピソードは本当に面白かった。

もちろん、いい話ばかりではなく、強姦に襲われて殺されかけた事が2度あり、それ以来危険な国では、旅の道連れにボーイフレンドを作るのだと言っていました。(その時一緒にいたドイツ人もそうらしかった)

日本人の個人旅行が今ほど一般的でなかった頃の話、しかも女性です。

ネパールの雨季は、夕方になると晴れていた天気が一瞬にして激しいスコールに変わります。
数十分だけ強烈な雨が降り、またサッと晴れ間にもどります。

その時も、いきなり激しいスコールになりました。

鏡のようだった水面に大粒の雨が降り注ぎます。
一面に水しぶきが上がり、それはそれは幻想的で、全身に鳥肌が立ちました。

そして、その時彼女がとった行為も今、目の前で起こっているかのように鮮明に脳裏に焼き付いています。

彼女は強烈なスコールの中、全裸になり、見渡す限りの水面が水しぶきを上げるペワ湖に、何の躊躇も見せず、頭からダイビングしたんです。

ボートが大きく揺れて、僕はしばらくの間、放心状態でした。

その情景の美しさだけでなく、彼女の並はずれた自由さと強さに強烈な感動を覚えたからでした。

彼女は、今、どこで何をしているのでしょうか。
「世界一を巡る旅」を、今も続けているのでしょうか。

小原啓渡

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