小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.02.15

スリ

「す」、今日はせつない「スリ」の話で。

イタリアのフィレンツェでのこと。
夏の暑い午後、駅前でジェラートを買いました。

さっそくペロペロ舐めながら店を出ると、赤ちゃんを抱いた母親と、まだ幼い女の子が二人、道を塞ぐようなかたちで僕の前に立っていました。

身なりを見るだけで、彼女達がかなり生活に困っているのはすぐに分かりました。

インドなどで極貧の人たちが、バックシシ(お布施)を求めてくるのは随分経験していたので、さほど驚きはなかったのですが、相手は乳飲み子を抱えた母親と女の子二人です、邪険にやり過ごすことができずに、立ち止まるようなかたちになってしまいました。

イタリア語は全く分かりませんが、ジェラートを子供にも食べさせたい、と言っているように思えました。

その間、二人の女の子達は僕にすがるように体に触れてきましたが、僕は母親の方に気を取られていました。

まさか、10歳に成るか成らないくらいの女の子が、「スリ」をするなど想像もできませんでした。

「お金じゃなく、ジェラートなら子供に買ってあげよう」
そう思って出てきたばかりのお店に戻り、2つジェラートを買って、支払いをしようとして、財布がないことに気付きました。

財布はベストのポケットに入れていましたが、そのファスナーも開いていました。

最初は、どこかに忘れてきたのか、落としたのかとも思いましたが、ついさっき同じ店でジェラートを買って支払いをしたばかりです。

あわてて、店の外に出ると、もうその親子の姿はありませんでした。

ショックでした・・・。

それまでに、かなり治安の悪い国や町に行ったことがありましたし、こうした話も人からよく聞いていましたが、自分が当事者になるとは思ってもいませんでした。
しかも相手は幼い子供です。

子供にスリをさせる母親、言われるままに(おそらく強制的に)スリをさせられる子供達。

こうした現実が存在するこの社会と世界に、何より深いショックを受けました。

「そこに、愛があんのかい!?」

思わず、そんな怒りで心がいっぱいになりました。

もちろん「そこ」は、

その母親であり、社会であり、国であり、人類であり・・・

そして最も問うべきは、「僕自身」でした。

小原啓渡

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