小原啓渡執筆集「諸行無常日記」
2008.02.10
ケーキ
「け」、「ケーキ」の思い出を。
僕がテクニカルディレクターとして、フランスツアーに参加していた時の話。
かなり強硬なスケジュールで、ほとんどオフの日がなく、やっとパリで1日だけ休みがとれた日、
久しぶりにぐっすり昼前まで眠って、コーヒーを飲みに、寝ぼけ眼でホテルを出ました。
すると、ホテル前の壁に寄りかかって、ジョンポール・モンタナリが立っていました。
彼は、モンペリエ国際ダンスフェスティバルのディレクター、つまりトップです。
ダンス界では世界的に有名なディレクターで(前回来日した時も「マリークレール」に大きくインタビュー記事が出てました)
僕が世界で一番と言っていいくらい憧れている男性です。
ヒョウキンな表情をたくさん持っていて、いつも穏やかな微笑みを浮かべている紳士。
パリッとした趣味のいいジャケット、すらりとまっすぐに伸びた背筋。
ゆっくりとした丁寧なしゃべり口調と、ユーモア溢れる会話。
もちろん外見だけではなく、仕事は世界のトップレベル、クオリティーもセンスも超一級。(ピナバウシュを紹介してくれたのも彼)
年齢は僕より一回りほど上ですが、驚くほど若々しい。
彼のことを描写しようとすると、際限なく賛辞の嵐になってしまいます。
そんな、彼が立って僕に笑いかけている。
驚きの余り、いつもより強くハグし合って、
「何で?なんで?こんなところにるの!?」(彼は南仏に住んでいた)
「ケイト、君をを待ってた」
「???」
「パリに仕事があって来てたけど、今日これからモンペリエに帰る」
「そう、でも、ほんとはなんでこのホテルの前にいたの?」(僕は、彼が冗談をいっていると思っていた)
「君がパリに入っているのは知ってたし、いつもこのホテルだろ?、だから待ってた」
「知ってたら、ホテルに電話くれりゃいいし、フロントから呼び出してくれたらよかったのに・・」
「それは、僕のやり方じゃない・・・しばらく待って会えなければ帰るつもりだった。でも、ほら、君は出てきた」
「とにかく、あまり時間がないから行こう!」
「どこへ?」
「カフェ」
彼が連れて行ってくれたのは、ポンピドーセンターのすぐ近く、インテリジェントな雰囲気がさりげないカフェ。
「ケーキ、食べよう!」
彼はエスプレッソを2杯となぜか一つだけチョコレートケーキを注文した。
「今日は僕のバースデーなんだ」
大人の男が二人で、小さなチョコレートケーキを半分づつ分け合って食べた・・・・。
それからパリに行くたびに、必ずこのカフェに立ち寄るようになった。
「それは、僕のやり方じゃない・・・」
ジョンポールの言葉を思い出しながらエスプレッソを飲む。
小原啓渡