小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.01.30

ロンドン

「ろ」、「ロンドン」での話。

色々な列車を人格化したキャラクターがローラースケートを履いて、舞台を所狭しと走りまわるミュージカル「スターライト・エクスプレス」がヒットした頃、確か、ロンドンの「アポロシアター」だったかと記憶していますが、仕事の合間に僕も見に行きました。

職業柄、劇場自体を見たいという思いもあって、開演時間より少し早めに劇場に入りました。

最終的には満席になった客席も、開場直後で着席している人もまばら。

僕の席は、通路から内へ2つ目。
僕の隣、通路側に黒いレースの服を着た老婦人がちょこんと一人座っていました。
背中を丸めて、まるで日本のおばあちゃんのように小さい人でした。

一瞬、列を間違えたかなとチケットを見直したのは、ヨーロッパでは特に、こうしたミュージカルを一人で見に来ている人は少なかったからです。

しかも「スターライト・エキスプレス」はどちらかというと若者向けのミュージカル。
いくら観劇文化の層が厚い国だとは言っても、正装したおばあちゃんが一人、というのが何となく気になって、僕もとりあえず着席することにしました。

彼女は僕に気づくとやさしく微笑んで、小さい体をもう一段縮めて、前を通してくれました。
そして僕が座るなり、「ちょっと早過ぎちゃったみたいね」と声をかけてくれました。

うっすらと化粧もされていましたが、80才くらいに見えました。

「ひょっとして、誰かお知り合いが出演されているのですか?」と聞くと、

「主人が、アンドリュー・ウェバー(作曲家)を好きだったの・・・」
と、ちょっとはにかむように答えてくれました。

僕の席、
本当は亡くなられたご主人が座られるはずの席だったんですね。

小原啓渡

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