小原啓渡 執筆集「諸行無常日記」

2007.11.19

センス

先日行った上海のことも書きたいし、「100%デザイン」のことなんかも書きたいところですが、
「せ」ですね。
「センス」でいきます。

「センス」って日本語では「感性」が近いですかね。
感性は大事です。
アーティストでなくても、感性はとってもとっても大切だと思います。

感性とは、「違いを認識する能力」だと僕は思います。
どこまで細かい違いまで認識できるか、ここが勝負です。
また、「能力」だから磨くことが出来るものだと思います。
「私、生まれつきセンスないから・・・・」っていうのは、違うと思います。

「感受性」に関しては、生まれつきの部分も多いと思いますが、「感受性」と「感性」は意味が違うと思います。

「感受性」は何かを受けて感じる繊細さで、受け身な資質です。

「感性」は「感受性」にももちろん関与しますが、単に受動的なものだけでなく、能動的な表現や行動にも直接的に関連してきます。

「感性」を磨くためには、好きなことを突き詰める必要があると思います。
何かをとことん突き詰める行為は、細かい違いを見極めていく作業です。

「感性」を磨く行為は、限定的、局部的ですが、
磨かれた感性は、全体的、普遍的な影響と効果をもたらします。

「感性」を磨き続けましょう。
好きなことを徹底的に突き詰めましょう!

その先に、「豊かさ」が待っています。

小原啓渡

2007.08.28

スペシャル

名村造船所跡地(CCO)で9月1日、2日に開催する「NAMURA ART MEETING 2007」の告知です。
今回は「す」なので、スペシャルイベントということで、ちょっと無理やりですが。

2004年に初めてこの地を訪れたとき、都市の産業遺産とも言える独特な雰囲気に魅了されました。
それ以来、この造船所跡地を新たなアートの拠点とすべく、活動してきました。
「NAMURA ART MEETING」は、そんな中で今回3度目のアートイベントです。
ダムタイプのインスタレーションをはじめ、grafプロデュースのカフェ、クラブイベントや木津川河口のクルージングなど、盛りだくさんの内容をラインナップしています。

是非、この廃墟感漂う造船所跡地を探索に来て見てください。
ちょっとした非日常な体験になると思います。

詳しくは:ホームページで
http://www.namura.cc/art-meeting

小原啓渡

2007.08.03

新聞女

「し」ですね。
哲学的なテーマなら迷わず「死」だと思いますが、今回は芸術創造館を中心に開催している「大阪ワークショップフェスティバル・38DOORS」(8/1?8/5)から、最近非常にマスコミ等で露出度の高い「新聞女」こと西沢みゆきさんの活動を取り上げたいと思います。
https://www.artcomplex.net/doors/

「38DOORS」は今年から始まった、ある意味ワークショップの見本市で、各WSは90分、参加料も500円(1コイン)で、興味ある対象を気軽に体験できる講座型WSフェスティバルです。

「新聞女」のWSはアウトサイドWSの一つとして、OBP円形ホール前広場で開催しました。
西沢さんの活動は以前から知っていましたが、実際に自分もWSに参加して、新聞紙でドレスなどを作るのは初めてでした。ましてや、自分もその新聞服を着て、ましてや、西沢さんのお婿さん役で街を練り歩く事になろうとは・・・。(写真)
いつの間にか、西沢さんのあっけらかんとした笑顔に乗せられた感じで、しっかり楽しんでいました。

世界各国の新聞紙で作るドレスは、想像以上にドレープや偶然に出来た柄や色目が美しく、刺激的で、作っていて楽しく、美術作品としても、パフォーマンスとしても世界に通用するアート活動に思えました。
西沢さん自身がクレーンでつり上げられて、巨大な新聞紙のドレスが地面まで垂れ下がり、風に揺れるといった大掛かりなパフォーマンスもやられているらしく、是非この目で見てみたいと思いました。

先日、横須賀美術館で見たヤノベケンジさんの火を噴く「ジャイアント虎やん」もそうですが、理屈抜きで楽しく、刺激的な現代美術がもっともっと人々の目に停まれば素敵だなと思っています。

小原啓渡

2007.07.01

彩都メディア図書館

前回のブログの日付を見てびっくり。
最長に空いてしまいました。
確かに忙しく、締め切りに追われ、遅れている仕事に追いつけず、走り続けておりました。
と言いつつ、この間、ドイツのカッセルで「ドキュメンタ」、ミュンスターの彫刻プロジェクト、ベネチアビエンナーレと回ってきました。

今回は「さ」ですが、彩都メディア図書館主催のツアーに参加させて頂きました。
館長の畑さんをはじめ、学芸員や美術評論家、アーティストの方々等とご一緒でき、とても有意義な視察となりました。

ドキュメンタは5年に一度、ミュンスターは10年に一度、ベネチアは2年に一度の開催ですから、無理をしても行くだけの価値はありました。

3つのプロジェクトを通しての感想は、全体的にインパクトに欠けると言うか、新しい感覚を呼び起こすような作品は少なかったように思います。
ただ、スケジュール的に十分とはいえない時間の中で、エリア的にも広範囲に及ぶ多数の作品と向き合わなければならないわけです。こちらの体力、精神的なエネルギーという意味において、全ての作品に対し、万全の鑑賞体勢で臨めたかというとかなりあやしいわけですから、その辺は差し引いて考えるべきかもしれません。

印象に残ったのは、ベネチアビエンナーレ、ロシア館ですね。
中でも「AES+F」の作品は、思わず見入ってしまいました。実写とアニメーションを組み合わせたビデオ作品ですが、イメージ、音楽など、素材のコンプレックス具合に絶妙な感性を汲み取る事が出来ました。

小原啓渡

2007.05.18

子供

「こ」ですね。
「こ」はらの「こ」どもでもいいし、「こ」はらは「こ」ども、でもいいですね。

小原の子供は、大学一年の息子が一人と、中三の娘の二人です。
息子は今年、卓球の愛ちゃんと同じ大学、同じ学科に入学しました。
愛ちゃんと同じクラスになったようで、早速知り合いになって、送ってきたツーショット写真を見ると、テレビで見る厳しい表情とは打って変わって、とても優しそうです。

実は娘も「愛ちゃん」で、娘の方は「愛美」と言います。
うちの愛ちゃんもとても面白い子で、僕の誕生日のお祝いに「お手伝い券」なら普通ですが、「ダイナマイトセクシー券(20分)」というのをくれたりします。

時間が入っているのが怖くて、まだ使っていません。

僕は子供達から「チチコ」と呼ばれています。ずっとそうです。
この由来は定かではありませんが、「父子学級」というのをやっていた時期があって、これはただ、その時に僕が読んでいる本を(途中からでも)約30分ほど二人の前で読んで、その内容に関して話す、というだけのものですが、何せ、娘が幼稚園に入る前とかだと、全く内容等分かるはずもなく、彼らはずいぶんと退屈だったろうと思います。

ずっと前から、娘の友達や奥さんも「チチコ」と呼ぶので、自分では全く違和感がないのですが、他人が聞くと「???」となるようです。

実際のところ、一般的な父親とはかなり違っているようで、つまりは父親らしくないので、子供達も僕の事を「大人になり損ねた子供」だとでも思っているのでしょうか。

小原啓渡

2007.04.28

健康と喧嘩

「け」といえば、「ケイト」といきたいところですが、
「健康」か「けんか」でどうでしょう。

僕は、いかにも不健康そうな生活を送っているように思われがちですが、実は「健康」はとても大切だと思っています。
人生で大切なものベスト3に入るほどです。
健康でさえあれば、人生何とかなるって感じです。

こう言うと、いかにも「まっとう」な感じですが、20代前半の頃は毎日浴びるほど酒を飲んで、喧嘩もよくやりました。

道路に血だらけで倒れていて、交通事故に間違えられたこともありましたね。(お恥ずかしい限りです・・)

そう言えば、お笑いですが、夜の公園で「決闘」をやった事もありました。
(小雨が降って、霧も出ていて雰囲気は抜群!?)

バイト先のシェフに決闘状のようなメモを渡されて、行ってみたら、なんと店のマスターが立会人でした。

普通の喧嘩と違って、こちらは腹も立っていないし、やる気もないので、何とかごまかして帰ろうかとも思いましたが、正式に売られた喧嘩です、引くに引けなくて・・・。

着流し姿で番傘なら、カッコイイんでしょうが、ビニールガサを開いたまま雨空に投げ捨てたのを憶えています。(結構その気になってたんですかね)

次の日、バイト先に行ったら、店のオーナーに呼び出されて、クビになりました。
「シェフが入院したので店が開けられない」
というのが理由です。

あれから何十年も喧嘩をしていません。

自分のエネルギーをぶつけれる仕事に出会えたことに感謝しています。

小原啓渡

2007.04.22

長らくのご無沙汰でした。

大阪市だけでなく、経産省の委託事業も受けているので、年度末ということもあって、事務的な仕事が山積みでした。

芸術創造館も何とか一年目を無事終了。
結果的には約25%の経費を節減し、実質稼働率は過去最高となりました。小さいながら自主企画もかなりの数をこなしたので、ほっと一息というところです。

昨年は企画運営に関わる内部システムの構築に時間とエネルギーを費やしましたが、今年からはもっと色々発信していきたいと思っています。

ところで、ブログです。
今回は「く」ですね。

「無くて七癖」などと言いますが、人間って、七癖どころか「癖の固まりだ」というのが僕の見解です。
自分が認識しているかどうかだけの問題で、身体的行為だけでなく、考え方も習慣に大きく影響されていて、一種の癖だと思います。

自分を変える(自分が変わる)ためには、かなりの衝撃を伴った偶発的事件に遭遇するか、時間のかかる習慣付け、癖を付けるしかないとさえ思っています。
なので、必要だと思える要素を自分のものにするために、僕がやってきた事と言えば「習慣付け」だけかもしれません。

最初はかなり意識的に繰り返しますが、これが無意識になってくるとしめたものです。
つまり、癖になったという事ですね。

習慣付けをするためにもノウハウがあり、この自分なりのノウハウに関しては本が書けるくらい色々試行錯誤してきました。

何はともあれ、

「反復と継続による癖が、人生を決める」

なんて、ちょっと大げさですか?

小原啓渡

2007.03.06

禁煙・禁酒

最近、禁煙運動が盛んですね。
スタッフ間のMLでも健康に関する話題が盛り上がっていて、お酒は体にいいか、悪いか等のトピックが出ています。

僕は結局のところ、「個人の判断でしょ」って感じですが、禁煙運動に比べて禁酒運動が全くと言っていいほど話題にあがらないのが、変だなとは思っています。

飲酒運転による交通事故などは大きく取りざたされるのに、「お酒が悪い」という話しにはなぜかならない。
タバコなら2次喫煙が健康を害するから「タバコが悪い」となるのに、変ですよね。

中毒っていう意味ではどちらも同じで、アルコール中毒の方が何かとたちが悪い。
健康に関しても、お酒の飲み過ぎで体を壊している人は山ほどいる。

よく考えてみると、お酒が他人に及ぼす害ってのも、結構大きいと思います。
ケンカをはじめDV(ドメスティックバイオレンス)など犯罪の多くがお酒がらみであることもそうですが、個人的には終電前の電車の中の酒臭さなども閉口です。
子供の頃、酒に酔った大人達に失望した経験も1度や2度ではありません。

という私がお酒を飲まないかと言えば、飲む訳です。
どちらかと言えば好きな方です。

お酒は百薬の長などともいいますから、お酒自体が悪い訳じゃないと思いますが、タバコとお酒の扱い方の違いは正直気になりますね。

おそらく、政治的な問題や世論を形成するメディアの利害や意図が働いているのだろうという気はしますが、なんかこういうのって気持ち悪い。
まるで流行のように禁煙運動が広がっている状況も、いい事ですが、気持ち悪いです。

結局のところ、「良識に基づいた個人の判断」っていう大人の社会になればいいな?と思う訳です。

小原啓渡

2007.02.18

歌舞伎

歌舞伎には、かなり思い入れがありますね。

「歌と舞いと芝居」というのが語源らしいですが、「けれん」と呼ばれる宙乗り等、アクロバット的な要素や下座音楽等々、歌舞伎は日本が世界に誇れる複合芸術(コンプレックスアート)だと思っています。

「アートコンプレックス1928」は、この歌舞伎にちなんで、新しいコンプレックスアートを発信したいという願いから命名しました。

僕が京都の南座で初めて見た演目は、今はなき五代目中村歌右衛門が玉手御前を演じた「摂州合邦辻」でした。
なぜ泣けてくるのかもわからないまま、ぼろぼろと泣いていました。
初めて経験する深い感動でした。

それからというもの、毎日でも観たいのですが、チケットが高額で手に負えません。
それではと、ツテをたどって松竹に入り込み、照明係になって、歌舞伎三昧の日々を数年送りました。

そして、ついには鳥屋口の揚げ幕をやらせてもらえるようになりました。鳥屋口(トヤグチ)の揚げ幕というのは、役者が花道から出入りする際に、幕を開け閉めする係を言います。

役者さんと直接打ち合せをして、きっかけを決める、僕のような歌舞伎好きにはとても魅力的な仕事です。
今はこの部署を会社で請け負って、南座、松竹座ともにうちの若手がやっています。

「幕見」といって、個別の演目だけを低料金で観れるシステムもあるので、皆さんにもっと歌舞伎を見て欲しいと思っています。

ちなみに、僕が歌舞伎で断然好きなシーンが
「だんまり」です。

「だんまり」って何? 
是非ご自分で調べてみて下さい。

小原啓渡

2007.02.11

男と女

「お」とこ、と「お」んな、二つ一緒に。

ずっと昔に「女が大地なら、男は空だ」といった内容のエッセイを読んだことがあります。

抽象的なもの、明確に定義できないものを比喩などで言い替えて伝えることはよくありますが、
「女が大地なら、男は空だ」とは、うまく言ったものだと思います。

男は、風に吹かれて空を漂うタンポポの種みたいで、
大地に落ちて根を下ろす、というふうに連想するのも面白いですね。

女は現実的で、男は夢想家などとも言いますが、
女性の「どっしり感」と男性の「ふわふわ感」に関しては、僕も強烈な体験があります。

僕の長男が生まれたとき、出産に立会いました。
息子をこの手で取り上げましたが、出産の痛みに耐え、実際に自分の体から生み出した妻に比べ、
僕は何とも「ふわふわ」していたのでした。

自分の子供だとは分かっていても、実感自体が「ふわふわ」とした状態で・・・、
あの「ふわふわ感」は忘れることができません。

「豊かな大地のような女性、澄み切った空のような男性」というと、
理想の異性のイメージ像のようになりますが、
少なくとも僕は、ふわふわでもいいから、
「夢や理想に対してだけは純粋な男」でいたいなと思っています。

小原啓渡

PAGE TOP