小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.11.28

感謝

「か」、「感謝」で。

僕は何ら宗教というものに関わっておらず、概念としての宗教心は認めるものの、団体としての宗教には懐疑的です。

ただ、あらゆる宗教で重要とされる「感謝」に関しては、何に感謝するかは別として、人間として大切なテーマだと思っています。

僕にとって、一神教的な神は存在しないので、「何々の神に感謝する」といった感覚はありません。
特定の神に対してというより、僕に関わるすべてのものに感謝したい、というのが一番近い感覚だと思います。

偽善的に思えるかもしれませんし、日々の生活の中で常にそういった思いを持って人に接しているかと言えば、残念ながらそこまで人間ができているとも思えません。

しかし、そうありたい、そういう人間になりたいと思っていることは確かですし、静かに自分を見つめることのできる時間の中では、実感として感謝の気持ちが湧き上がってきます。

そして、その感謝の対象すべてに自分は何をして報いていけばいいのかを考えます。

宮島の弥山に、弘法大師が修行に使った火が、1200年以上たった今でも消えずに燃え続けている霊山堂があって、その火で護摩焚きをしてい頂いたことがあります。

その時、祈願したのが「より多くの人に、生きている喜びを感じてほしい」というものでした。

具体的に言うと、出来るだけ多くの人が笑顔になれる機会を創り出すことに尽力することが僕にとって、感謝に対する一番の報いだと思っています。

護摩焚きの間中、僕の脳裏に浮かんでいたイメージは舞台袖から眺める客席、大勢のお客さんが目をきらきらと輝かせながら舞台を観て、微笑んでいる。
そして、何度も何度も、何十万というお客さんが入れ替わり、笑顔で劇場を出ていくというものでした。

感謝すればするほど、その感謝に報いたいという思いも強くなります。

つまり僕にとって感謝することは、仕事に対するエネルギーの源でもあるのだと思います。

小原啓渡

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