小原啓渡執筆集「諸行無常日記」
2008.04.28
泣き
東京に出張中なので、短く、「な」ですね、「泣き」で。
「泣き」って「泣きを入れる」なんてのもありますから、一応名詞ですよね。
僕にとって「泣き」は「ブルース」のことなんです。
学生時代、4畳半のぼろアパートを借りていたんですが、隣の部屋に一学年上のマッパさんという人が住んでいました。
四六時中、大音量でブルースのレコード(当時CDなんてなかった)をかけていて、音が筒抜けで、入居した当初は「えらいとこに入ってしまった」と随分後悔したものです。
しばらくして、たまりかねて廊下で会った折に挨拶かたがた、音の苦情をやんわり言うと、
「あのな、ブルースは泣きや、わかるか、泣きなんや」と言われました。
それから、会うたびに音のことを言うのですが、
「あのな、何回も言うてるやろ、ブルースはな、泣きや、泣きなんや」
「泣きやからお前も泣け」とでも言いたいのか、帰ってくる言葉はいつもそれ。
次第に僕も諦めて、耳栓を買って、音のことを言わなくなると、妙に仲良くなりました。
徐々に僕もブルースが好きになって、いつからかマッパさんが働いているジャズクラブで僕もバイトするようになっていました。
「ブルースはな、泣きや、泣きなんや」
あれから30年ほど経ちましたが、その「泣き」を必ず2回繰り返す言い方が印象的で忘れることができません。
今、マッパさんは年商5億の会社の社長で、僕はその会社の取締役を兼任しています。
小原啓渡