小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.02.21

テスト

「て」、昨日バイクのことを書いたのでそれに関連して「テスト」で。

僕はあまり学校の勉強が好きではなかったので、「テスト」といってもちょっと違う「試験」、
大型(400CC以上)のバイクに乗るための免許、通称「限定解除」(二輪の種類に限定がなくなるという意味)の試験の思い出を少し。

今では、中型バイクと同じように大型バイクの教習をドライビングスクールなどで受けることができ、それから試験を受ける形になったようですが、僕が受験した当時は、教習を受けれるシステムはなく、いわゆる「一発試験」でした。

唯一、大型バイクを乗ることができたのが、運転免許試験場の中にあるコースを使って、バイクを借りて勝手に練習する方法だけ。

僕の場合は、仕事が休みの日の朝、試験の申し込みだけしておいて、何時間か練習し、午後から試験を受けるというパターンでした。

大体一回の試験に30人から40人くらいがエントリーしていたと思いますが、合格するのは2.3人、合格者が0の日もありましたね。

ちょうど暴走族などが社会問題になっていた頃で、なるべく大型免許を取らせない、といった風潮もあったと思います。

京都の場合は、AとBの2つのコースがあって、どちらを走るかは当日発表になります。
スラロームや一本橋、坂道での停止・発進などコース中に課題がいくつもありますが、それ以上にチェックされるポイントが多く、上手く課題をこなせたと思っても、なかなか合格しませんでした。

5回くらい落ちるのは当り前で、だいたいそれくらいの頃はさほど悲壮感もない。
同じ受験者から「何回目?」と聞かれても、明るく答えていれるのですが、10回目くらいになると、さすがに焦ってきます。

なるべく「何回目?」と聞かれないように、無愛想な雰囲気を装い、人と話さなくなります。

その頃はもう、どこが悪くて落とされるのか全く分からなくなってきて、
「きっと試験官は僕が気に食わないんだ」とか思い始めるわけです。
(採点表が返ってくる訳でもなく、走った後、一人一人口頭で合否を告げられる)

大体、ケツを割る者がボロボロ出始めるのもこの頃で、僕も正直、「こりゃ、無理かな」と思い始めてました。
実際、何度も顔を合わす内に親しくなった連中の多くが、この頃、来なくなりました。
(学生ならまだしも、社会人なら時間的に確かにきつい)

もう20回目とかいう「ツワモノ」もいて、これくらいになると、受かるためというよりは、新米にアドバイスしたり、回数を笑いのネタにして楽しんでいる感じがあって、ああいう風にだけはなりたくないと思ってました。

そんなこんなで、10回目を過ぎたころから、僕も何となく行くのが嫌になってきて、
「これが最後、今日落ちたら、もうやめ!」
という繰り返しになりました。

「もう、これが最後!!!」が何回か続いた14回目。

「ハイ、合格、おめでとう!」の言葉をもらいました。

いやぁ?、ほんとに、うれしかったですね。

13回も落とされる経験なんて、これからの人生でも有り得ないと思います。

「失敗とは、諦めること」
(諦めない限り、本当の失敗はない)

この言葉が、骨身にしみた経験でした。

小原啓渡

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