小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.01.21

モロッコ

「も」、「モロッコ」での話。

いつ、何の目的で、どれくらいモロッコにいたのか、なぜかはっきりと憶えていない。

カサブランカからマラケシ行きの長距離列車に乗った。

4人がけのボックスシートで、向かいの席には品のいい白人の婦人と若い女性の二人連れ。
二人の会話はフランス語。
僕のフランス語は、何に関して話しているのかがわかる程度。
親子のようにも見えるが、肌の色や顔つきが違うので、一体どういう関係なのか気になった。

若い女性の方は、エキゾチックな顔つきで、どこの国の人なのか予測できないほど個性的で美しかった。

彼女は、チョコレートや軽食を僕にわけてくれた。
自然に、一言もなく、笑顔で、食べ物を手渡してくれる。
渡されると、僕も自然に受け取ってしまう。
何度かの「メルシィ」
数時間の列車内で交わした会話はそれだけ。

マラケシに着いたのは深夜だった。
いつものことだが、ガイドブックも持たず、ホテルの予約もしていない僕に、中年女性の方が声をかけてくれた。
「ホテルはどこ?」
決めていないことを告げると、自分たちが泊まっているホテルを勧めてくれた。

「もう夜も遅いし、彼女がホテルで働いているから、とりあえず、今夜はそのホテルにした方がいい」というようなことを言ってくれる。(フランス語でもそれくらいは分かる)

こうして、思い出あふれるモロッコでの滞在が始まった。

ホテルはオレンジ林の中にあり、客室、環境ともに至極快適だった。
カティー(若い方の女性)は、モロッコ人とフランス人のハーフで、そのホテルのレストランバーでハイシーズンの間だけ契約しているクラブ歌手だった。
ルティー(中年の婦人)は、毎年このホテルで夏の長期休暇を過ごしているフランス人、二人は親友とのことだった。

カティーの仕事は夜だけなので、日中は三人でランチをとり、プールのデッキで昼寝をし、オレンジをもぎっては食べながら林の中を散歩した。
毎日毎日、夕方になると「スーク」と呼ばれる迷路のようなバザールに出かけていった。

カティーもルティーも英語をしゃべらなかったので、僕と二人の間に言葉でのコミュニケーションはほとんど無かったように思う。
散歩をしながら、毎日少しづづ、カティーに「夕焼け小焼けの赤とんぼ」の歌を教えた、それくらい。

僕がマラケシを発つ前の夜、
カティーがステージの最後に「赤とんぼ」を歌ってくれた。

驚くほど流暢な日本語で・・・・。

臆面もなく、涙がポロポロこぼれた。

旅って、人との出会いの中で、より豊潤になっていくんですね。

小原啓渡

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