| 1983年 |
同志社大学法学部政治学科中退 |
| 1984年 |
舞台照明として舞台に関わる |
| 1992年 - 1998年 |
日仏共同プロジェクト『MATOMA』テクニカルディレクターとして世界各国の公演に携わる |
| 1995年 |
P.A.N.PRESS (パフォーミングアーツネットワーク)』フリーペーパーを発刊(隔月発行)発刊。編集長に就任 |
| 1998年 |
リッジクリエイティブ株式会社を設立、代表取締役に就任する |
| 1999年 |
京都三条御幸町の旧毎日新聞社ビル(有形文化財)に「アートコンプレックス1928」をオープンし、劇場プロデューサーとして活動を始める |
| 2000年 |
カンパニーD.C.A.主宰フィリップ・ドゥクフレ(Philippe Decoufle)をアートコンプレックス1928に招き「パフォーマンス/インプロビゼーションNight+ダンスワークショップ」を開催。 |
| 2001年11月 |
フランス外務省より文化視察員に任命され、フランス国内の文化施設・団体を視察 |
| 2002年 |
電視游戲科学舘と提携し、小劇場では稀なロングラン公演(全26 公演)に取り組む |
| 2002年12月 |
大阪、阿部野Hoopにて ヌーボーシルク空中パフォーマンスをプロデュース。フランスより、シルクバロックを招聘 |
| 2003年3月 |
関西日仏学館オープニングイベン トプロデュース。フランスより、シルク バロックを招聘 |
| 2003年 |
アーティスト限定の宿泊施設「アーティスト・イン・レジデンス京都」の運営を開始 |
| 2003年 |
アートコンプレックス1928における電視游戲科学舘のロングラン公演で"セーフティーネットとしてのメセナ"としてエンジェルシステム導入 |
| 2003年 |
有限会社KSGBWP設立。代表取締役に就任 |
| 2003年 |
第7回尾宮賞(京都府)受賞 |
| 2003年10月 |
ヌーボー・シルクカンパニー「アポストロフィ」をフランスより招聘、日本ツアーをプロデュース |
| 2003年10月 |
証券会社と提携し、コンテンツファンド第1弾として映像+パフォーマンス集団kyupikyupi 『キュピキュピグランド歌謡ショー「キャバロティカ」』公演を実施、全21公演で配当12%の高配当を出す |
| 2004年 |
コンテンツファンド第2弾として電視游戲科学舘『惑星組曲』公演を主催、全30公演で配当8%を出す |
| 2004年 |
アートコンプレックス株式会社設立、代表取締役に就任 |
| 2004年9月 |
京都・三条通を70数機のプロジェクターで映像照射する『三条あかりけしき』プロデュース |
| 2004年9月 |
大阪住之江区の名村造船所跡地にて、『NAMURA ART MEETING '04-'34 vol.00「臨界の芸術論」』開催。 実行委員会代表・プロデューサーを務める |
| 2005年2月 |
論創社より「クリエイター50人が語る創造の原点」出版 |
| 2005年 - 2007年 |
京都精華大学非常勤講師を務める |
| 2005年4月 |
大阪福島区に森田恭通(GLAMOUROUS)デザインのサロン&バー「アートコンプレックス」オープン |
| 2005年9月 |
『NAMURA ART MEETING '04-'34 vol.1「臨界から臨海へ」』開催。 実行委員会代表・プロデューサーを務める |
| 2005年10月 |
大阪住之江区の名村造船所跡地にアートスペース「black chamber」オープン |
| 2005年2月 |
関西元気文化圏 ニューパワー賞受賞 |
| 2005年 |
LLP(有限責任事業組合)アートサポートを設立、代表に就任。 |
| 2006年4月 |
大阪市立芸術創造館の指定管理者として当館の運営を開始、館長に就任。 |
| 2006年 |
BLACK CHAMBER にて「バッカスシステム」を導入しトライアウト公演「電視游戲科学舘『ISANA』」を開催 |
| 2007年8月 |
インターナショナルワークショップフェスティバル『38DOORS』初開催。統括プロデューサーを務める |
| 2007年 |
名村造船跡地のリハーサルスタジオ「STUDIO PARTITA」をライブスペースとしてリニューアルオープン |
| 2007年 |
名村造船所跡地施設運営を統合し、名称を「クリエイティブセンター大阪(CCO)」とする |
| 2007年 |
大阪府文化審議委員を務める (〜2011年現在) |
| 2007年 |
クリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地)が経済産業省により「近代化産業遺産群」に認定される |
| 2007年9月 |
『NAMURA ART MEETING '04-'34 vol.2「起程T」』開催。 実行委員会代表・プロデューサーを務める |
| 2008年 |
「アーティスト・イン・レジデンス京都」を大阪に移し、大阪市住之江区にアーティスト専用宿泊施設「アーティスト・イン・レジデンス大阪(AIR大阪)」オープン |
| 2008年 |
京都工芸繊維大学外部評価委員を務める |
| 2008年8月 |
2回目となるインターナショナルワークショップフェスティバル『100DOORS』を開催 |
| 2008年9月 |
クリエイティブセンター大阪にて、インディーズ音楽のフェスティバル『BAKUTO OSAKA』を初開催、プロデューサーを務める。 |
| 2009年 |
NPO法人ライブエンターテインメント推進協議会(=略称LEO)を発足。理事長に就任。 |
| 2009年 |
近代化産業遺産「名村造船所跡地」を未来に生かす地域活性化実行委員会を立ち上げ、「クリエイティブビレッジ構想」に着手 |
| 2009年 |
大阪府府民文化部参与に就任 |
| 2009年7月 |
3回目となる「インターナショナルワークショップフェスティバル『200DOORS』」を開催。 |
| 2009年8月 |
水都大阪2009関連企画として、巨大アヒル「ラバーダックプロジェクト」をディレクション。 |
| 2009年10月 |
『NAMURA ART MEETING '04-'34 vol.03「起程ll 〜海路へ臨む祭礼〜 」』開催。実行委員会代表・プロデューサーを務める。 |
| 2010年1月 |
文化庁地域文化芸術プラン推進事業の一環として 「大阪パフォーマンスフェスティバル」(オパフェ)プロデュース |
| 2010年3月 |
経済産業省より調査事業を受託し、当日券総合販売システム「Today’s Tickets Center」をオープン |
| 2010年4月 |
財団法人大阪女性協会とともにクレオ大阪南の指定管理者に採択され運営を開始 |
| 2010年8月 |
第4回インターナショナルワークショップフェスティバル『250DOORS』を開催。実行委員長を務める |
| 2010年9月 |
インディーズフェスティバル「バクトオオサカ2010」開催。プロデューサーを務める |
| 2010年11月 |
「Cool Experience in Japan事業』(経済産業省)に採択され、ノンバーバルパフォーマンス『ギア』をプロデュース |
| 2010年12月 |
「大阪光のルネッサンス」において、ギリシャ人アーティスト「b.」(ビードット)と、巨大アヒル「ラバーダックプロジェクト」をディレクション |
| 2011年1月 |
長崎ハウステンボスにて、ノンバーバルパフォーマンス『ギア』の1か月公演をプロデュース |
| 2011年 |
クリエイティブセンター大阪が平成22年度「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」(文化庁)に採択される |
| 2011年4月 |
大阪市と連携し、ユーストリーム放送局「ソーシャルネットワーク大阪」を立ち上げ、開局。プロデューサーを務める |
| 2011年8月 |
第5回インターナショナルワークショップフェスティバル『300DOORSを開催』。実行委員長を務める |
| 2011年9月 |
京都国際マンガミュージアムにて、高木正勝らをフューチャーしたプロジェクションマッピング「MACHIDECO INTERNATIONAL」をプロデュース |
| 2011年10月 |
京都市美術館壁面をプロジェクションマッピングする「あかりとアートのプロムナード」ディレクション |