ヌーボーシルク見聞録 vol.8

 パリからTGVで約4時間、南仏の小都市トゥーロンからさらに車で20分ばかり走った小さな港町、ラ・セーヌで毎年1月に行われているヌーボーシルクの フェスティバルを訪れた。「星の下の1月」と名づけられたこのフェスティバルは、CNAC(国立サーカス学校)のディレクターだったミッシェル・アルモン が、市の文化担当官チュエリー・ディオンに持ちかけて2000年にはじまった。
 年々規模が大きくなり、今では10日間で16カンパニーが名を連ねるまでに成長したが、初年度の予算は現在の三分の一、参加カンパニーはわずか3団体 だったと言う。ちなみに4回目となる今回の総予算は約6000万、国が15%、県と市がそれぞれ30%、企業から15%、チケット収入はわずか10%足ら ず。期間中1万人の観客を集めるというが、全てのスペクタクルが一律1000円以下の低料金で観る事が出来る。子供から老齢のカップルまで、欧米における 観客層の広さは、確かにこの入場料金の安さに起因している部分が大きい。もちろんこれは文化的催しに対する公共の大きな資金援助があってこそ成り立つこと は言うまでもないが…。
 場所は無数のヨットが停泊する港の一角、大小6つのテントが立ち並び、ファンタジックな異空間をつくり出している。ヌーボーシルクは、サーカスと他のあ らゆるカテゴリーのアートがコンプレックスに絡み合う、ほとんどノンジャンルなパフォーマンスだけに、プログラムは驚くほど多彩だ。演劇的要素の強いも の、ダンス的な身体表現をテーマにしているもの、現代音楽と美術がコンセプトになっているものなど、一日に2、3のカンパニーが競演する。
 今やヌーボーシルクは「これって、サーカス?」と戸惑うまでもなく、従来のサーカスの領域さえ超越し始めている。特にヨーロッパでは、カナダのシルクド ソレイユなどとは違い、概してカンパニー自体が小型化、細分化する傾向が見られ、アーティスティックさという意味でもかなりマニアックなものが登場してき ている。まさにパフォーミングアーツの坩堝(るつぼ)と言って差し支えないだろう。
 私は、アートが世界をつなぎ、異差を尊重し合う豊かな社会をつくると信じているが、「人種の坩堝」と言われた自由の国アメリカは今、一極的な国際スタン ダードの確立に向かって突き進んでいる。パンプレスは政治色のあるフリーペーパーではないが、あえてこの場をかりて批判の声をあげたいと思う。これはアー トの世界だけでなく、民族も宗教も、一つの枠組みで囲っていくのではなく、枠組みをはずしていこうとする方向性にこそ本当の自由と豊かさがあると思うから だ。

P.A.N.通信 Vol.43に掲載

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